「性差の日本史」展で見た衝撃の資料の一つがこの、とある江戸末期ごろの遊女の食事の記録。こんなん普通に飢えて死ぬやろというレベル。でも生きて、しかも夜遅くまで客を取らされていたというのだから。平均寿命(年齢じゃなく寿命)が19〜20歳だったというのも頷ける。 pic.twitter.com/GYeYuE9VxH
— 櫛 海月 (@kusikurage) 2020年11月29日
わざわざ「あったかい」と書いてるあたり…。
— そこらへんの石 (@Fn49qaQd7lIx4Ns) 2020年11月29日
胸が詰まります。
— kabumakko (@kabumakko) 2020年11月29日
客と同じ物を食べられたならこんな貧しい献立を逐一丁寧に書き残さないと思う。
食べられない日もある中で、食べられる日が有難く、あったかいおまんまがすごく嬉しかったのではないかな。
可愛い名前だね小雛ちゃん、もしも今生をどこかで生きているなら途轍もない幸せでいてほしい
千代田線三ノ輪駅から歩いて数分の所に、通称「投げ込み寺」と呼ばれる浄閑寺があります。
— Tar Sack (@tar_sack) 2020年11月29日
江戸時代、ここは新吉原と接していて、推定約2万5千人とも言われる身寄りのない遊女達の遺体が無造作に埋葬されたそうです。
現在、新吉原総霊塔と呼ばれる慰霊碑が建立されてます
一度だけ御参りに行きました pic.twitter.com/4O9DHNUA0M